■Day by Day vol.1 バレンタイン・スクランブル!
公開日 : 2011.02.14
からんころーん、とベルが鳴る店内。今日もお店は大忙し!
「はいっ、ブレンドコーヒーです♪  ミルクとお砂糖入れますか?」
「は、はいっ、お、お願いします!」
「ええと、砂糖はスプーン二杯っと、ミルクは……これくらいでしたよね?」
「え、そ、その通りだけど……」
「良かったぁ!  ふふっ、もちろん、よく来てくださるお客さまのは、ちゃんと覚えてますよ」
「ぐふぁ!  さすが!  すごい、きよちゃん!  小生、やられた!」
「良かったですな、客A氏!  俺も……」
「はい、客Bさんはレモンティーに砂糖を一杯だけですね」
「おぉ、ベルちゃん、俺のことを覚えていてくれたのか!」
「それは……毎週というか、ほぼ毎日いらっしゃっていれば……」
「おい、客A氏!  我々、覚えられてるぞ!」
「ふ、ふひひ、やったですな!  客B氏!」
  ──という感じで、いつも通りな店内です。

  あ、そうそう、自己紹介、自己紹介!
  あたし、明日希きよ、じゅうななさいの女の子!  普段はとあるところにあるメイド喫茶でメイドさんやってます。そして、こっちが──
「ベルナドット」
「う、うわっ!  べ、ベルちゃん!?」
「ベルナドット。わたしも、メイドさん……似合う?」
「うん、とっても似合ってるよ!」
「……でも、きよちゃんのほうがかわいい」
「も、もう、そんなこと言わない!」
  そんなこと言われたら、あたしも、ぽっ、ってなっちゃうし、ベルちゃんも、ぽっ、ってなってるじゃない!
「そう言う姿も、またかわいい……」
  はうううぅ、そんなこと言ってると……
「や、やはり良いものですなぁ、客A氏……」
「このためにこの店に来てると言っても過言ではないですな、客B氏……」
  ま、まぁ、お客さんも喜んでくれてるし、いいの……かな?

「きよちゃん、ベルちゃん、お疲れさま。今日はもう良いわよ」
  と、先輩の、お姉様メイドさんが、そんなばたばたなわたしたちに声をかけてくれました。
「はい、わかりました」
「お疲れさまです」
  ふたりで、ぺこり。
「ふふっ、ベルちゃんも、お店に慣れたみたいで良かったわ……あら、そのブレスかわいいわね」
  と、お姉様メイドさんが、ベルちゃんの手首に光るブレスレットに目を留めます。
「……ありがとう」
  あ、ベルちゃん、ちょっと照れてる。
「ええと、剣のモチーフなのかしら?  きよちゃんの鍵のチョーカーと、ちょっと似てるデザインね……ねぇ、これってどこのショップの?  かわいいから、私も欲しいなぁ」
「あ、ええと、その、これは、ちょっと、知り合いの人に作ってもらって……」
  わたわたっ!
「ふぅん、そうなの……もし良かったら、その人に私のも作ってね、ってお願いして!  あ、もちろん、お金は払うって!」
「はい、伝えてみます……」
「それじゃあ、お疲れさま!」
「「お疲れさまでした」」
  と、なんとか交代を済ませて、あたしとベルちゃんはバックヤードに引っ込みます。
「……かわいいって、言われた」
  着替えながらベルちゃんが、手首のブレスレットをそっと握ります。
「うん、それ、とってもかわいいよ!」
  そう言いながら、あたしも、自分の胸元で揺れる鍵に、手を添えます。
「うさぎさん、すごい」
「うんうん、うさぎさん、ほんとにかわいくしてくれたよね!」
  そう、実は、ベルちゃんとあたしの、このアクセサリーは──
「きよちゃんの『鍵』は、元々うさぎさん──管理者のアイテムだけど、わたしの剣まで、こうやってかわいくしてしまうなんて……さすがは管理者……」
「はうぅ、またそうやってあたしの台詞とっちゃう!」
「?」
  ええと、ベルちゃんの『剣』とあたしの『鍵』、実は、魔法のアイテムなんです!
  え?  魔法のアイテムってなぁに?
  えへへー、それはねー
「──きよちゃん、もうそろそろ行こう?」
「あ、ベルちゃん!  まっ、待ってー」
  はううぅ、追いてかれちゃうー

  てくてく二人の帰り道。ベルちゃんが、あたしのうちの近くに引っ越してきた時は、びっくりしたなぁ。
「あ、そう言えばベルちゃん」
「?」
「もうすぐバレンタインだねー」
「バレンタイン?」
「そうそう、バレンタイン!」
「地球のまわりの放射線帯?」
「それは、ヴァン・アレン帯!」
「アイルランドのシューゲイザーバンド?」
「それはMy Bloody Valentine!」
「LOVELESSは名盤……」
「マイブラまで知ってるけど、バレンタインは知らないんだ……」
「うん、向こうの世界にはなかったから……」
  マイブラはあったんだろうか……というより、ベルちゃんの元いた世界って、いったい……
「音楽とか小説とか、映画とかドラマとかアニメとか漫画とかは、こっちの世界のものの方が面白かったから、たくさんあった」
「そうなんだ!」
「最近は、K-POPが流行ってて……」
  そこ、なんで『どうしてこうなった……』的な表情なの!?  いろいろ怖いから、もっと普通の表情にしておこうよ!
「それは置いといて」
  ベルちゃんが、両手をそろえて、右から左へと動かします。
「で、バレンタインって、なに?」
  うんうん、はじめからそうやって素直に聞けばいいのに。
「ええとね、バレンタインっていうのは、女の子が男の子にチョコをあげる日なの!」
「チョコ?」
「うん、チョコレート!」
「──製菓業界の陰謀の匂いが……」
「うんうん、そういうところは置いとこうね♪」
  よいしょっと。
「どうして、チョコレートを贈るの?」
「ええとね……元々は、女の子が好きな男の子に告白するっていうのだったんだけど、義理チョコって、いっつもお世話になってる人とかに渡すのもあるし、女の子同士で渡したりもするし……」
「……特に理由はない?」
「うーん、特に理由がないっていうわけじゃなくて、なんて言うかなぁ……そうだなぁ……毎日の『ありがとう』っていうのを、伝える日、なのかなぁ」
「『ありがとう』を?」
「そうそう、『ありがとう』を!  うんうん、あたし、いいこと言った!」
「そっか……でも、『ありがとう』っていつも、毎日言ってる」
「確かに、いっつも『ありがとう』って言ってるかもしれないけど、年に一回は、言葉だけじゃなくて、形にするっていうのもいいんじゃないかな?」
「言葉だけじゃなくて、形に……そうすれば、いつでもしっかりと思い出せる……」
  そういうベルちゃんの横顔は、ここじゃないどこか──きっと、元の世界のこととか、いろいろと考えてるんじゃないかって、そんな表情だったのでした。

§

  というわけで迎えたバレンタイン!
「はい、いつもありがとうございます♪」
「おおおおおぉぉ、ありがとう、きよちゃん!」
「良かったな、客A氏」
「はい、客Bさん」
「おぉ、ベルちゃん!  ありがとう!」
「良かったですな、客B氏!」
  お店でも今日はバレンタインイベント!  いつもお世話になってるお客さまには、あたしたちメイドの特製チョコをプレゼント!  お店の中は、ちょっとだけ甘くて、とーっても幸せな匂いでいっぱいなのです。

  そして、帰り道。
「今日は、お客さんたちみんな嬉しそうだったね」
「うん」
「やっぱり、こういうイベントのときって、みんな嬉しそうで、こっちも嬉しくなっちゃうよね」
「──『ありがとう』って、言う方も言われる方も、両方とも嬉しくなる言葉だから」
  ベルちゃんが、そう言いながら鞄の中をごそごそ……
「だから、きよちゃん、わたしからの『ありがとう』」
  彼女の掌には、かわいらしく包装された箱。
「えっ、あ、あたしに!?」
「うん、きよちゃんに。だって、わたしが一番『ありがとう』って言いたいのは、きよちゃん、あなたになのだから」
  ベルちゃんの瞳が、まっすぐあたしを見てる。
「ベルちゃん……」
  受け取ったのは小さな箱。でも、その中には、きっとベルちゃんの気持ちがいっぱい。
「ねぇ、きよちゃん」
「ん?  なあに?」
「そのチョコレートに、魔法をかけた」
「えっ、ええええぇ!」
  ま、魔法とか、危ないんじゃないかな?  かな?
  そんなわたわたしてるあたしの顔のすぐ横に、ベルちゃんがそっと頬を寄せてきて──
「チョコレートにかけたのは、きよちゃんに『ありがとう』って伝わりますように、わたしの大切な人、っていう魔法」
  あたしにだけ聞こえるような、小さな声で。
  だから、あたしは──
「きよ……ちゃん?」
  ベルちゃんをぎゅーっとしたの。
「あたしも、ベルちゃんに『ありがとう』って、伝えたいから……」
  ベルちゃんからの返答は、言葉じゃなくて、あたしの後ろにそっとまわされた両手。
  しばらくそうしてから、そっとお互いにまわした手を離す。
「えへへ、なんか、照れちゃうね」
  ちょっとベルちゃんの顔を見るのが恥ずかしい。
「──うん」
  でも、ベルちゃんも恥ずかしそうだから、おあいこかな?
「え、ええとね、ちょっと順番が逆になっちゃったけど、あたしからも、ベルちゃんに!  はいっ!」
  あたしも、鞄からベルちゃんへのプレゼントを取り出します。
「いっつもありがとう、ベルちゃん!」
「わたしも、ありがとう、きよちゃん」
  プレゼントに込められたのは、ありがとうの魔法。
  大切な人に渡す、感謝の気持ち。
  だから、だから、まだまだ寒い二月の空の下でも、あたしたちはとってもあったかいのです。

§

「あ、そういえば、今何時!?」
「そうねだいたいねー♪」
「勝手にシンドバッド!?」
「ええと、もうすぐ五時半」
「自分でボケて軽くスルー!?」
「そんなことより、何か用事あるの?」
「そうそう、ご主人さまと待ち合わせが!」
「だったら早く行かないと」
「う、うん!  それじゃあ、ベルちゃん、また明日ね!」
「うん、また明日」

  いつも通りばたばたしてるけど、こんな毎日も、きっととっても大切な一日。
  今日も、明日も、明後日も、ずっと、ずーっと、こんな幸せな毎日が、大切な、かけがえのない日々が続いていきますように!

「あ、ご主人さま!  お待たせしました!」

"My Happy Valentine!" is over.